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プロフィール

私が社労士になったいきさつ

新卒で入社した会社での苦い経験がすべての始まりでした。

大学で遊び呆けた挙げく、一浪一留で成績も下の下というどうしようもない
状態で大学を卒業した私は、専攻とは全く関係のない飲食業に就職しました。
入社後は店舗運営と本部営業事務を5年ほど経験したのですが、
店舗にいた際の労働環境が想像以上に劣悪だったのです。
過重労働はあたりまえ。賞与もほとんど出ず、月々の給料も
当時お付き合いしていたアルバイトの彼女より低いと いうありさま。
自分の将来に希望を全く見出すことができなくなり絶望しました。
そして『なぜこんな状況が許されるのだろうか?
なんとか改善することはできないだろうか?
この状況を脱するにはどうしたらよいのか?』と考えだしたのが
全ての始まりでした。

苦悩の日々が続きました。

とはいえ、しばらくは何をして良いかわからずフラフラ思い悩む日々が続きました。しかし考え込んだところで状況は変わらないと思い、とりあえず勉強をしてみることにしました。ただ何の勉強をしたらよいかわからなかったので
まずは社会人の入門資格である日商簿記3級の取得を目標に置いてみました。

勉強することの楽しさを知りました。

学生、社会人生活を通じて将来のことなどまともに考えず何事も中途半端に過ごしてきた私が本当に勉強などできるのかと最初は不安でいっぱいでしたが、それはすぐに払拭されました。学生時代に親から勉強しろと言われると反発して全くしなかったのに、何かを知りたいと思って自分から勉強しだすと「勉強して知識を得るってことはこんなに楽しいものなんだ」と思えるようになったのです。そして勉強が楽しくて仕方なくなり、仕事以外の時間は全て勉強に費やしました。

生まれて初めて達成感というものを味わいました。

その後、晴れて日商簿記3級に合格した私は合格証書を
受け取った時に不覚ながら涙してしまいました。
今思えばとても涙してまで取るような資格とは思えませんが、
当時の私にはそれが司法試験に合格したくらいの感動と
達成感があったのだと思います。
それまで私は「自分はどうせバカだから」「俺には所詮無理だ」など
言い訳ばかりして全く努力をしない人間でしたが、この成功体験を
きっかけに考えを改め「なんでもとりあえず努力してやってみよう」と
物事を前向きに考えることにしました。

AFP取得。そして社労士の存在を知りました。

日商簿記3級を取得後、まだまだ何も知らない私は社会保険・税務・不動産などの知識を幅広く学べるファイナンシャルプランナー(AFP)の資格に挑戦することにしました。そしてそこで運命の出会いが待っていました。
専門学校のカリキュラム内に社会保険の講義があったのですが、担当されていた先生がなんと社会保険労務士(以下、「社労士」)だったのです。そしてある講義中の雑談で先生が「社労士は社会保険の手続きなどもするが、本当の仕事は企業の労務改善をすることである」とおっしゃったのです。当時、飲食業での苦い経験から職場環境を良くできるような仕事をしてみたいと思っていた私は先生のその言葉に胸を撃ち抜かれ「これだ!」と確信し、社労士を志す決意をしました。

社労士試験に挑戦、合格、そして開業へ。

AFP取得後、私はすぐに専門学校の社労士講座の申し込みをし受験勉強を開始しました。社労士試験は弁護士や税理士資格ほど難易度は高くないとはいえ、合格率は平均で7~8%。また日商簿記3級やAFPとは比べ物にならないほど範囲も広く、労働安全衛生法や厚生年金保険法など馴染みのない科目もあり、知識の習得には困難を極めました。しかし、信じて努力すれば必ず合格できると強く念じ続けた結果、1回目の試験で合格することができました。
合格後は見聞を広めるため一路、東京に移り住み、従業員700名ほどの電気設備工事を営む会社の人事部に就職しました。そして3年の実務経験を積んだ後に帰阪し開業。現在に至っています。

私にできること。

ご覧いただいたように私は大手といわれる大企業にいたこともありませんし、社会人になってから一度はドロップアウトしかけた人間です。しかし自分自身で考え、行動し、なんとか這い上がった自分が今ここにいます。
そんな経験をした私だからこそできることがあります。
それは「事業主と従業員、どちらの目線でも物事を客観的に見ることができ、その想いを理解することができる」ことです。これは誰にも負けない私の強みだと思います。このことを胸に抱きながら今後も企業の労務改善サポートに力を尽くします。